「お客様に嫌われたかも……」接客後のひと言を何...

「お客様に嫌われたかも……」接客後のひと言を何日も考えてしまうセラピストへ

2026 7/31
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家に帰ってから、あの会話を思い出す

メンズエステで働くセラピストを取材していると、「接客が終わってから一人反省会をしてしまう」という話を聞くことがあります。

施術中は普通に話していた。お客様も笑っていた。帰る時も「ありがとう」と言ってくれた。

でも、家に帰ってお風呂に入っている時、突然思い出す。

「あの時、あんなこと言わなければよかったかな」

そこから、一人反省会が始まります。

あの瞬間、お客様の表情が少し変わった気がする。

返事が短かった。

もしかして怒った?

嫌われた?

次はもう来ないかもしれない。

布団に入ってからも考える。

翌朝になっても少し気になる。

数日後、予約表を見て、そのお客様の名前がない。

「やっぱり嫌われたんだ」

人間の頭は、驚くほど上手に物語を作ります。

問題は、その物語が事実かどうかです。

もしかすると、お客様は何も気にしていないかもしれない。

あの時、少し眠かっただけかもしれない。

仕事のことを考えていたのかもしれない。

でも、こちらには相手の頭の中が見えません。

だから、自分で続きを作る。

そして、多くの場合、その物語の中で自分を悪者にします。

 

人は他人の心を読めない

当たり前の話ですが、人間は他人の心を読むことができません。

顔を見る。

声を聞く。

言葉を聞く。

そこから、「この人はこう思っているだろう」と想像します。

つまり、わたしたちが見ているのは相手の心そのものではありません。

相手の表情や言葉を材料にして、自分が作った「相手の気持ち」です。

哲学者のデカルトは、自分以外の存在についてどこまで確実に知ることができるのかを考えました。

哲学の難しい問題はさておき、日常生活でも他人の心はかなり謎です。

「大丈夫」と言っている人が、本当に大丈夫とは限らない。

無口な人が怒っているとは限らない。

笑っている人が楽しいとも限らない。

人間の内側は、外から完全には見えません。

それなのに、接客後に落ち込む人は、なぜか相手の心を読めたことになっています。

「あのお客様は私を嫌った」

どうしてわかるのでしょう。

本人に聞いたのでしょうか。

たいていは聞いていません。

想像です。

でも、不安な時の想像は、事実のように感じられます。

 

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真面目な人ほど「悪い意味」を選ぶ

同じ出来事でも、人によって解釈は違います。

お客様の返事が短かった。

ある人は、「疲れているのかな」と思う。

別の人は、「私の話がつまらないんだ」と思う。

起きた出来事は同じです。

返事が短かった。

それだけ。

でも、その後の物語が違います。

接客を引きずりやすいセラピストは、悪い意味を選ぶ癖があるのかもしれません。

なぜ悪い意味を選ぶのでしょうか。

ひとつには、責任感があります。

お客様に満足してほしい。

嫌な思いをさせたくない。

だから、少しの変化にも気づく。

これは接客では長所です。

ただ、長所は時々、使いすぎると自分を傷つけます。

相手を気遣う力が強すぎると、相手の不機嫌まで全部自分の責任に見えてきます。

でも、お客様にも生活があります。

仕事で嫌なことがあったかもしれない。

家族と喧嘩したかもしれない。

眠れていないかもしれない。

人間の機嫌には、本人にしかわからない理由がたくさんあります。

目の前の人が少し暗い。

だから私が悪い。

この二つの間には、本当は大きな距離があります。

 

反省は「次」を変えるためにする

もちろん、接客で失敗することはあります。

言わなくていいことを言った。

相手が話したくなさそうなのに質問しすぎた。

自分の話ばかりしてしまった。

後から気づくこともあるでしょう。

その時は反省すればいい。

「次は気をつけよう」

これで終わりです。

反省とは、次の行動を変えるためにするものです。

ところが、一人反省会が長い人は、途中から別のことを始めます。

「あんなことを言う私は接客に向いていない」

「だから指名が増えないんだ」

「私は人と関わる仕事がダメなのかもしれない」

ひとつの言葉から、自分の人生全体を否定し始める。

これは反省ではありません。

哲学者スピノザは、人間が感情に支配されると、物事を必要以上に大きく捉えることがあると考えました。

夜中に考えた悩みが、朝になると少し小さく見えることがあります。

出来事が変わったわけではありません。

自分の状態が変わったのです。

だから、接客後に「あれはまずかったかも」と思っても、その日の夜に人生の結論まで出さない方がいい。

疲れている人間の頭は、かなり悲観的です。

 

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「嫌われない接客」はたぶん存在しない

お客様に嫌われたくない。

接客業をしていれば、自然な気持ちでしょう。

でも、すべての人に嫌われない接客は存在するのでしょうか。

よく話すセラピストが好きな人がいます。

静かな人が好きな人もいる。

距離が近い接客を好む人もいる。

さっぱりした接客が好きな人もいる。

一人のお客様にとって最高の接客が、別のお客様には合わないことがあります。

人間同士だからです。

哲学者キルケゴールは、人間が「他人と同じであろうとすること」の苦しさについて考えました。

全員に合わせようとすると、自分がわからなくなります。

この人には明るく。

あの人には静かに。

この人には面白く。

あの人には知的に。

もちろん、相手に合わせることは接客の一部です。

でも、自分を完全に消して全員の理想になることはできません。

そして、できなくていいのだと思います。

合う人がいる。

合わない人がいる。

それは、接客の失敗とは別の話です。

 

他人の心の中で、自分を悪者にしない

接客後に悩んでいる時、少し考えてみてほしいことがあります。

今、あなたは誰の頭の中にいるのでしょうか。

お客様の頭の中でしょうか。

違います。

自分の頭の中です。

自分の頭の中で、「お客様」という登場人物を作り、その人に「あなたのことが嫌い」と言わせている。

少し変な話です。

本物のお客様は、そんなことを一言も言っていないかもしれない。

なのに、想像の中のお客様に何度も嫌われる。

人間は、自分の想像で自分を傷つけることができます。

古代ローマの哲学者マルクス・アウレリウスは、自分の心を苦しめる判断について何度も考えました。

出来事と、自分の判断を分ける。

お客様の返事が短かった。

これは出来事。

嫌われた。

これは判断。

この二つを分けるだけでも、少し楽になります。

 

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まとめ──わからないことは、わからないままでいい

接客後のひと言を何日も考えてしまう。

お客様に嫌われたかもしれないと思う。

それは、相手を大切にしたい人ほど起こりやすいことなのかもしれません。

でも、他人の心は読めません。

どれだけ考えても、わからないことがあります。

ならば、わからないままにしておく。

「あの言葉、少しよくなかったかも。次は気をつけよう」

そこまで考えたら終わり。

その先の、

嫌われた。

もう来ない。

私は向いていない。

という物語まで書く必要はありません。

人間は、小説家です。

毎日、頭の中でたくさんの物語を作っています。

でも、すべての物語を信じなくていい。

とくに、自分だけが悪者になる物語は、一度疑ってみた方がいいでしょう。

お客様が何を思ったのか。

本当のところは、お客様にしかわかりません。

わからないものを、わかったことにしない。

それは冷たい態度ではありません。

他人と自分の間に、正しい距離を置くということです。

接客が終わったら、その日の仕事も終わりです。

お客様の心の中まで家に持って帰らなくていい。

あなたが家に帰る時は、あなた一人で帰っていいのです。

 

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