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「もう若くないし」が口癖になったセラピストへ。人生は何歳から遅くなるのか

2026 8/10
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「もう若くないし」と言う時、人は少し笑う

メンズエステで働くセラピストを取材していると、年齢について話す人がいます。

「私、もう若くないし」

そう言って、少し笑う。

本気で落ち込んでいるようにも見えない。

冗談のようにも聞こえる。

でも、話を聞いていると、その言葉が何度も出てきます。

新しい施術を覚える話をすると、「もう若くないから」。

SNSの話をすると、「若い子みたいにはできない」。

これからの仕事について聞くと、「この年齢だし」。

「もう若くない」という言葉は、とても便利です。

できない理由になる。

やらない理由にもなる。

そして、傷つかないための言葉にもなります。

最初から「私は年齢的に無理」と言っておけば、失敗してもそれほど傷つかない。

年齢のせいだから。

自分の才能がないわけではない。

自分がダメなわけでもない。

ただ、遅かった。

そう考える。

でも、人生には本当に「遅い年齢」があるのでしょうか。

今回は、少しそのことを考えてみたいと思います。

 

人は年齢ではなく「もう選べない」と思った時に苦しくなる

20歳の頃、人生にはたくさんの道があるように見えます。

仕事を変えられる。

引っ越せる。

恋愛できる。

結婚するかもしれない。

海外に行くかもしれない。

もちろん、20歳にも悩みはあります。

でも、「これから何かが起きる」という感覚があります。

ところが、年齢を重ねると少しずつ道が減ったように感じます。

今さら転職は難しい。

今さら新しいことを始めても。

今さら恋愛なんて。

人は、年齢そのものに絶望しているのではないのかもしれません。

「もう選べない」と思った時に苦しくなるのではないでしょうか。

哲学者キルケゴールは、人間にとって可能性が重要であることを考えました。

人は、「明日が今日と違うかもしれない」と思える時、少し希望を持てます。

反対に、「明日も今日と同じ。来年も同じ」と感じると、心が重くなる。

だから、「もう若くない」という言葉の本当の意味は、「もう人生を変えられない」なのかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

 

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年齢は増える。でも、選択肢が全部なくなるわけではない

当たり前ですが、人間は若返りません。

40歳の人が20歳に戻ることはできない。

時間は一方向に進みます。

これは、どうしようもありません。

でも、「若返れない」と「何も選べない」は同じではありません。

40歳でも仕事を変える人がいます。

50歳で新しい勉強を始める人がいます。

60歳で一人暮らしを始める人もいる。

もちろん、年齢によって難しくなることはあります。

体力も変わる。

家庭の事情もある。

お金の問題もある。

「何歳でも何でもできる」と言うつもりはありません。

そういう言葉は、時々、人を余計に苦しめます。

できないことはあります。

でも、できないことが一つあるからといって、すべての選択肢がなくなるわけではありません。

人生は、百個の扉が一度に閉まるようにはできていません。

一つ閉まる。

でも、横を見ると別の扉がある。

ただ、人は閉まった扉ばかり見てしまいます。

 

「若かったらやるのに」は、本当に年齢の問題なのか

「もっと若かったら、やるんですけどね」

そう言う人がいます。

新しい仕事。

勉強。

引っ越し。

何かへの挑戦。

でも、少し意地悪な質問をしてみます。

本当に若かったら、やったでしょうか。

20代の頃にも、「まだ自信がない」と言っていたかもしれない。

30代では、「仕事が忙しい」と言っていたかもしれない。

そして40代になると、「もう若くない」と言う。

人間は、やらない理由を作るのが上手です。

なぜなら、何かを始めると失敗する可能性があるからです。

やらなければ失敗しません。

メンズエステで働くセラピストでも、新しいことを始めるのが怖い人はいます。

SNSを始めたい。

施術を学びたい。

出勤の仕方を変えたい。

でも、失敗したら恥ずかしい。

だから年齢を理由にする。

「もう若くないから」

この言葉は、時々、自分を守る盾になります。

盾は必要です。

人間はいつも勇敢ではありません。

ただ、長く盾を持っていると、前に進みにくくなります。

 

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年齢を重ねると「失敗」が恥ずかしくなる

子どもは、よく失敗します。

自転車で転ぶ。

字を間違える。

人前で変なことを言う。

でも、またやります。

大人になると、失敗が恥ずかしくなります。

「この年齢で、こんなこともできない」

そう思う。

だから、初めてのことを避ける。

哲学者ハンナ・アーレントは、人間には「始める能力」があると考えました。

人は、新しいことを始められる。

これは人間の大きな特徴だというのです。

始めるということは、最初は下手だということです。

新しい施術を覚える。

最初はうまくできない。

SNSを始める。

最初は何を書けばいいかわからない。

当たり前です。

でも、大人は「初心者の自分」に耐えるのが苦手です。

長く生きてきた分、できることが増えています。

だから、できない自分を見ると恥ずかしい。

もしかすると、年齢を重ねて新しいことを始める時に必要なのは、才能ではありません。

「下手な自分を少し許すこと」なのかもしれません。

 

人生は「何歳か」より「昨日と同じか」で老いていく

老いるという言葉を、わたしたちは年齢と結びつけます。

でも、取材でいろいろな人に会っていると、年齢だけでは説明できないことがあります。

若いのに、何も変えたくない人がいる。

年齢を重ねていても、新しい店に行き、新しい人に会い、新しいことを学ぶ人がいる。

どちらが若いのでしょうか。

哲学者ベルクソンは、時間を時計の数字だけでは捉えられないものとして考えました。

人間が生きる時間は、単なる数字ではありません。

40年生きた。

50年生きた。

それだけでは、その人の時間はわからない。

昨日と少し違うことをした。

知らない言葉を覚えた。

会ったことのない人と話した。

そういう変化も時間です。

人は、誕生日が来たから急に老いるのではないのかもしれません。

「もう何も変わらない」と決めた時、人生の時間が少し止まる。

そんな気がします。

 

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「遅いかどうか」は、始めてみないとわからない

何かを始めようとすると、人は結果を知りたがります。

今からやって成功するだろうか。

指名は増えるだろうか。

収入につながるだろうか。

無駄にならないだろうか。

でも、未来はわかりません。

若い人にもわからない。

年齢を重ねた人にもわからない。

哲学者サルトルは、人間は選択によって自分を作っていく存在だと考えました。

先に「自分」という完成品があって、その人に合った人生が用意されているわけではない。

選んだ後で、自分が少し変わる。

やってみた。

失敗した。

もう一度やった。

その結果、「私はこういう人間だった」と後からわかる。

だから、「私には遅いかもしれない」という問いには、考えているだけでは答えが出ません。

始めてみないとわからないのです。

もちろん、始めた結果、「やっぱり違った」と思うこともあります。

それでもいい。

選び直せばいい。

人生は、一度選んだら最後まで同じ道を歩かなければならない試験ではありません。

 

まとめ──人生が遅くなるのは、年齢を理由に全部の扉を閉めた時

「もう若くないし」

そう言いたくなる日があります。

鏡を見る。

若いセラピストを見る。

SNSを見る。

自分の年齢を考える。

そして、「もう遅い」と思う。

でも、人は年齢だけで苦しくなるのではないのだと思います。

もう選べない。

もう変われない。

そう思った時に苦しくなる。

年齢は増えます。

それは止められません。

できなくなることもあります。

でも、選択肢が全部なくなるわけではありません。

今日、新しいことを一つ覚える。

今まで話したことのない人と話す。

働き方を少し変える。

小さな選択は残っています。

人生は、何歳から遅くなるのでしょうか。

わたしにはわかりません。

たぶん、年齢では決められないからです。

ただ一つ思うのは、「もう何も選べない」と自分で全部の扉を閉めた時、人生は少しだけ動かなくなるということです。

だから、全部の扉を開けなくていい。

一つだけでいい。

少し気になる扉を残しておく。

開けるかどうかは、明日決めてもいい。

「もう若くないし」と言ったあとに、「でも、これは少しやってみたい」と続けられるなら、人はまだ前を向いているのだと思います。

年齢とは、人生の残り時間を知らせる数字ではありません。

ここまで生きてきた時間を示す数字です。

そして今日も一日、その数字は増えます。

増えるということは、まだ時間が続いているということでもあるのです。

 

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