本指名が急に来なくなった。お客様が離れた理由...

本指名が急に来なくなった。お客様が離れた理由を考えすぎてしまうあなたへ

2026 7/15
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「あの人、最近来ないな」と気づいた日

メンズエステで働くセラピストを取材していると、「本指名のお客様が急に来なくなった」という話を聞くことがあります。毎月のように来ていた人が来なくなる。二週間に一度くらいのペースで予約を入れてくれていた人の名前を、予約表で見なくなる。最初のうちは、「忙しいのかな」と思う。でも、一か月、二か月と時間が過ぎると、少しずつ不安になってきます。

わたし、何かしたかな。

前回の接客で失敗しただろうか。あの時の言葉がよくなかったのだろうか。施術に満足してもらえなかったのかもしれない。あるいは、ほかのセラピストを指名するようになったのではないか。

人間の頭は、不思議なものです。

答えがわからない時ほど、たくさんの答えを作ります。

しかも、たいてい悪い方の答えを作る。

「あの人が来なくなった」という事実はひとつしかありません。しかし、その理由を考え始めると、頭の中には十個も二十個も物語が生まれます。そして、その物語の多くで、自分が悪者になっています。

でも、本当にそうなのでしょうか。

本指名のお客様が来なくなった時、わたしたちはどこまでその理由を考えるべきなのか。今回は、そのことについて少し考えてみたいと思います。

 

人間は「理由がわからないこと」に耐えるのが苦手

人間は、理由を知りたがる生き物です。

なぜ振られたのか。なぜ会社で評価されなかったのか。なぜ友人から連絡が来なくなったのか。

理由がわかれば安心する。

たとえ、その理由が少し悲しいものだったとしても、「そういうことだったのか」と納得できます。

反対に、一番苦しいのは理由がわからないことです。

本指名のお客様が来なくなるという出来事も、これに似ています。

お客様は退会届を書いてくれるわけではありません。「本日をもちまして、あなたの指名を終了します。理由は以下の通りです」というメールも送ってきません。

ただ、来なくなる。

だから、セラピストの側に「わからない」が残ります。

哲学者ニーチェは、人間は苦痛そのものよりも、「苦痛に意味がないこと」に耐えられないという趣旨のことを書いています。

つまり、人は理由のない苦しみに弱い。

だから、自分で理由を作ってしまうのです。

私の接客が悪かった。私に飽きた。もっと魅力的なセラピストを見つけた。

そう考えると苦しい。でも少なくとも、「理由がわからない」という状態からは逃れられます。

人間は時に、わからないままでいるくらいなら、自分を責める方を選ぶのです。

 

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去る人には、去る人の生活がある

メンズエステのお客様について取材をしていると、店に行かなくなる理由は本当にさまざまだとわかります。

仕事が忙しくなった。転勤した。結婚した。恋人ができた。家族に知られそうになった。趣味が変わった。お金を使いすぎたので節約を始めた。体調を崩した。

あるいは、特に大きな理由はない。

なんとなく行かなくなった。

人間の生活には、そういうことがたくさんあります。

たとえば、以前よく通っていた飲食店に行かなくなることがあります。その店が嫌いになったわけではありません。料理がまずくなったわけでもない。ただ、生活の動線が少し変わった。仕事の帰り道が変わった。別の店に一度入ったら、そちらに行くようになった。

そんなことです。

でも店の人から見れば、「常連客が来なくなった」という出来事になります。

人間関係には、自分から見える物語と、相手から見える物語があります。

本指名のお客様が来なくなった時、セラピストから見えるのは、「私のところに来なくなった」という物語です。

でも、お客様の側では、「仕事が忙しくなった」という物語かもしれない。

この二つは、まったく違います。

去る人には、去る人の生活があります。

その生活のすべてを、こちらが知ることはできません。

 

「私のせいかも」と考える人は、少し優しい

本指名のお客様が来なくなった時、「私のせいかもしれない」と考える人は、たぶん真面目な人です。

自分の接客を振り返ることができる。相手がどう感じたかを想像できる。

それは、接客の仕事では大切な能力でしょう。

ただ、優しさには少し危険なところがあります。

相手の気持ちを考えすぎると、いつの間にか「相手の人生まで自分が管理できる」と思ってしまうのです。

わたしがもっと楽しい時間を作っていれば、来てくれたはず。

わたしがもっと魅力的なら、離れなかったはず。

本当にそうでしょうか。

哲学者エピクテトスは、人間が自由にできるものと、自由にできないものを分けて考えました。

自分の行動は、ある程度変えられます。

丁寧に接客する。施術を学ぶ。相手の話を聞く。そういうことは、自分で選べます。

しかし、相手が次に何をするかは、こちらには決められません。

どれだけ素晴らしい時間を提供しても、来なくなる人はいます。

逆に、「今日はあまりうまくできなかった」と思った日に、本指名になる人もいます。

人間は、他人の心を完全には操作できません。

それは少し寂しいことですが、同時に救いでもあります。

すべてを自分の責任にしなくていいからです。

 

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反省と「自分いじめ」は違う

もちろん、本指名のお客様が離れた時に、何も考えなくていいという話ではありません。

接客を振り返ることは大切です。

前回、疲れていて雑になっていなかったか。相手の話を聞かず、自分ばかり話していなかったか。慣れが出て、初回の頃より扱いが雑になっていなかったか。

考えられることはあります。

でも、反省には終わりがあります。

「次は気をつけよう」

ここまで考えたら、本来は終わりです。

ところが、自分を責める人は終わりません。

あの言葉が悪かったのかな。いや、その前の会話かもしれない。そういえば表情が少し暗かった。やっぱり嫌われたのかもしれない。

何度も同じ場面を頭の中で再生します。

これは反省ではありません。

「自分いじめ」です。

しかも厄介なのは、自分いじめをしている本人は、それを「真面目に考えている」と思っていることです。

考えることと、苦しむことは違います。

考えた結果、次の行動が変わるなら、それは反省です。

何度考えても同じ場所に戻り、「私はダメだ」という結論だけが強くなるなら、少し考えるのをやめた方がいい。

思考は、いつでも人間を賢くするわけではありません。

時には、同じ場所をぐるぐる回るだけです。

 

常連のお客様ほど「ずっと来る」と思ってしまう

本指名のお客様との関係が長くなると、不思議な安心感が生まれます。

来月も来てくれるだろう。次も予約してくれるだろう。

もちろん、そう思うのは自然なことです。

でも、人間関係には保証書がありません。

友人もそうです。恋人もそうです。職場の人間関係もそうでしょう。

昨日まで毎日話していた人と、数年後には連絡を取らなくなっていることがあります。

その時、何か大きな事件があったとは限りません。

人生の方向が少しずつ変わっただけです。

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、「同じ川に二度入ることはできない」と言いました。川の水は流れ続けています。そして、川に入る人間も変化しています。

本指名のお客様も変わります。

セラピストも変わります。

去年と今年では、生活も考え方も少し違う。

だから、関係が変わること自体は不自然ではありません。

「ずっと来てくれる」と思っていた人が来なくなると寂しい。

でも、関係が終わることと、その関係に価値がなかったことは別です。

何度も会いに来てくれた。

楽しい時間があった。

それは、来なくなったからといって消えるわけではありません。

 

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他のセラピストを指名されたら負けなのか

本指名のお客様が来なくなった時、多くのセラピストが気にすることがあります。

「ほかの子に行ったのかな」

SNSや予約状況を見て、想像してしまう。

もし本当に他のセラピストを指名していたら、少し傷つくかもしれません。

自分より若い人。自分より人気のある人。自分よりきれいな人。

比較が始まります。

でも、お客様が別のセラピストを選ぶことは、「あなたが負けた」という意味なのでしょうか。

人間は、同じレストランだけで一生食事をするわけではありません。

好きな店があっても、別の店に行きます。

好きな作家がいても、別の作家の本を読みます。

人は変化を求めます。

新しいものを見たくなる。

これは、誰かへの否定ではありません。

お客様が別のセラピストを指名したとしても、それは相手の選択です。

その選択を、自分への採点結果として受け取る必要はありません。

他人の選択をすべて「私の評価」に変換すると、人生はかなり苦しくなります。

 

戻ってくる人もいれば、戻ってこない人もいる

一度来なくなった本指名のお客様が、半年後や一年後に突然戻ってくることがあります。

「久しぶり」

まるで先週も会ったような顔で来る人もいるそうです。

セラピストの側は、この半年間いろいろ考えていたかもしれません。

嫌われたのかな。何か失敗したかな。

でも本人に聞けば、「仕事が忙しかった」と言う。

案外、そんなものです。

もちろん、戻ってこない人もいます。

それもまた、人生です。

大切なのは、去った人を追いかけることに心を使いすぎて、今目の前にいる人を見失わないことです。

昨日までの本指名を考えながら、今日のお客様に接する。

それでは、今日のお客様が少し寂しい。

人間の心には限りがあります。

誰にでも無限に関心を向けられるわけではありません。

だから、去った人を考える時間には、どこかで区切りをつける必要があります。

 

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まとめ──去る人の人生まで、自分の責任にしなくていい

本指名のお客様が急に来なくなると、不安になります。

何かしたのだろうか。嫌われたのだろうか。

そう考えるのは自然なことです。

自分の接客を振り返ることも大切でしょう。

でも、反省したら、どこかで考えるのを終えていい。

去る人には、去る人の生活があります。

仕事がある。家族がいる。お金の事情がある。恋愛がある。そして、こちらには見えない人生があります。

そのすべてを、セラピストが背負う必要はありません。

人間関係で一番苦しいのは、「相手がなぜそうしたのか」を永遠に考え続けることなのかもしれません。

でも、他人の心には入れません。

どれだけ考えても、わからないことがあります。

ならば、わからないままにしておく。

それも、大人が身につけるべき知恵のひとつではないでしょうか。

本指名のお客様が来なくなった。

それは少し寂しい。

寂しいなら、寂しいと思えばいい。

でも、「私に価値がない」という話にまで広げなくていいのです。

人は出会い、しばらく同じ時間を過ごし、時には離れていきます。

それはメンズエステだけではなく、人生そのものが、たぶんそういうふうにできています。

 

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