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40代セラピストは若い子に勝てない?「年齢」を気にする女性が忘れていること

2026 7/24
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40代になると、なぜ急に「若い子」が気になるのか

メンズエステで働くセラピストを取材していると、年齢についての悩みを聞くことがあります。とくに40代のセラピストから聞くのが、「若い子には勝てないですよね」という言葉です。

20代の新人が入店した。ホームページを見ると若いセラピストが増えている。SNSでは若い女性の写真がたくさん流れてくる。そんな時、急に自分の年齢が気になり始める。

「もう40代だし」

この言葉を、わたしは何度も聞いてきました。

不思議な言葉だと思います。

昨日39歳だった人が、今日40歳になったからといって、突然何かを失うわけではありません。施術が下手になるわけでもない。会話ができなくなるわけでもない。朝起きたら顔がまったく別人になっているわけでもありません。

それでも、「40」という数字には、妙な力があります。

もう若くない。

これから下り坂。

新しいことを始めるには遅い。

そんな物語を、社会は40代という数字にくっつけています。

そして、わたしたちは知らないうちに、その物語を自分の人生に当てはめます。

でも、本当に40代セラピストは若いセラピストに勝てないのでしょうか。

その前に、ひとつ考えたいことがあります。

そもそも、同じ競技をしているのでしょうか。

 

比較は「同じもの」だと思った時に始まる

人間は比較する生き物です。

自分と他人を比べる。

収入を比べる。

容姿を比べる。

人気を比べる。

哲学者ルネ・ジラールは、人間の欲望には他人の存在が深く関わっていると考えました。簡単に言えば、人は他人を見て「自分もあれが欲しい」と思うということです。

メンズエステの世界でも、比較は起きます。

あの子は予約満了。

あの子は本指名が多い。

あの子は若い。

そして、「それに比べて私は」と考える。

でも、比較にはひとつ条件があります。

同じものだと思っていることです。

100メートル走の選手同士なら、タイムを比べられます。

同じ試験を受けた人なら、点数を比べられます。

では、20歳のセラピストと45歳のセラピストは、本当に同じものなのでしょうか。

もちろん、同じメンズエステで働いているかもしれません。

でも、お客様が二人に求めるものまで同じとは限りません。

若さを魅力に感じるお客様がいます。

落ち着きを求めるお客様もいます。

会話を楽しみたい人がいる。

静かに過ごしたい人がいる。

つまり、同じ店で働いていても、実は少し違うものを提供している可能性があります。

それなのに、「若さ」という一つの物差しだけで全員を並べる。

そこから苦しみが始まります。

 

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20歳には20歳の時間があり、40代には40代の時間がある

若さには価値があります。

これは否定する必要がありません。

肌の張りも違うでしょう。

体力もある。

新鮮さもある。

「若い子なんて大したことない」と言う必要はありません。

若さは、ひとつの魅力です。

でも、問題は「若さだけが魅力だ」と思うことです。

40代の人には、40年以上生きてきた時間があります。

仕事をしてきた。

人間関係で悩んだ。

恋愛をした。

別れた。

結婚した人もいる。

離婚した人もいる。

子どもを育てた人もいる。

親の老いを感じ始めた人もいる。

もちろん、人生経験が多ければ自動的に人間的魅力が増すわけではありません。

ただ、経験した人にしかわからない感覚はあります。

たとえば、仕事で疲れている40代のお客様が来たとします。

「最近、部下との接し方がわからなくて」

20歳のセラピストが悪いわけではありません。

でも、40代のセラピストなら、その言葉の重さを少し違う角度から感じるかもしれない。

親の介護。

子どもの進学。

住宅ローン。

体力の変化。

人間は、自分が通ってきた道の言葉を聞くと、理解の深さが変わります。

40代には、40代にしかわからない沈黙があります。

それは、若さとは別の価値です。

 

年齢を気にする人ほど「若く見せよう」とする

40代になって年齢を気にし始めると、多くの人が「若く見せる」方向に進みます。

若い服を着る。

若い言葉を使う。

SNSで流行しているものを追う。

もちろん、それが好きなら何の問題もありません。

人は好きな服を着ればいい。

でも、「若く見られなければ価値がない」という不安から若さを演じ始めると、少し苦しくなります。

なぜなら、本物の20歳には勝てないからです。

これは残酷な話ではありません。

当たり前の話です。

45歳の人が20歳の若さを競ったら、20歳の人が有利です。

では、なぜその競技に参加するのでしょうか。

魚が鳥を見て、「私は空を飛べない」と落ち込んでいるようなものです。

魚には、水の中があります。

哲学者ニーチェは、「自分自身になれ」という言葉を残しています。

この言葉は、よく自己啓発的に使われます。

でも、「自分自身になる」というのは、案外厳しいことです。

自分が持っていないものを諦めることでもあるからです。

40代の人は、20歳には戻れません。

でも、20歳の人も40代の経験を今すぐ手に入れることはできません。

時間は、一方向にしか流れません。

ならば、自分が今いる場所で何ができるのかを考える方が、少し現実的です。

 

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お客様は「年齢」だけで指名しているわけではない

メンズエステのお客様について話を聞いていると、指名理由は本当にさまざまです。

写真を見て好みだった。

プロフィールの文章が気になった。

写メ日記が面白かった。

なんとなく話しやすそうだった。

前回の接客が心地よかった。

つまり、お客様は複数の要素を見ています。

もちろん、「若いセラピストが好き」という人もいるでしょう。

それは、その人の好みです。

では、40代セラピストがそのお客様を振り向かせなければならないのでしょうか。

すべてのお客様に選ばれる必要はありません。

これは接客業で忘れられがちなことです。

人は「選ばれたい」と思うと、全員に好かれようとします。

でも、全員に好かれる人はいません。

静かな人が好きなお客様もいる。

よく話す人が好きなお客様もいる。

落ち着いた女性が好きな人もいる。

若い女性が好きな人もいる。

好みは違います。

40代セラピストが「若い女性が好きなお客様」に選ばれなかったとしても、それは失敗ではありません。

ただ、相手の好みと違った。

それだけです。

ラーメンが食べたい人が寿司屋に入らなかったからといって、寿司屋に価値がないわけではありません。

人間は、選ばれなかった時に、自分の全人格を否定されたように感じることがあります。

でも、多くの場合、そこまで大きな話ではないのです。

 

40代の強みは「間」に出る

取材をしていて、年齢を重ねた人の接客には特徴があると感じることがあります。

「間」です。

すぐに答えない。

相手が話し終わるまで待つ。

沈黙を怖がらない。

もちろん、すべての40代がそうだという話ではありません。

でも、長く生きていると、「今すぐ何か言わなくても大丈夫」ということを少しずつ知ります。

若い頃は、沈黙が怖かった。

相手が黙ると、「つまらないと思われたかな」と焦った。

何か話さなきゃ。

盛り上げなきゃ。

そう思った。

でも、年齢を重ねると、人が黙る理由はいろいろあるとわかってきます。

疲れているのかもしれない。

考えているのかもしれない。

ただ静かにしたいのかもしれない。

だから、待てる。

この「待てる」という能力は、接客ではかなり大きな価値です。

人間は、自分のペースを待ってくれる人に安心します。

40代セラピストの魅力は、何かをたくさんすることではなく、余計なことをしないところに出る場合があります。

経験とは、できることが増えるだけではありません。

「しなくていいこと」がわかることでもあるのです。

 

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「もう40代」は、誰の言葉なのか

「もう40代だから」

そう言う人に、時々聞いてみたくなります。

それは、誰が言った言葉でしょうか。

自分でしょうか。

親でしょうか。

友人でしょうか。

SNSでしょうか。

社会でしょうか。

人間は、長く聞いた言葉を自分の考えだと思うことがあります。

女は若い方がいい。

40代から新しい仕事は遅い。

年齢を重ねると価値が下がる。

こういう言葉を何度も聞く。

すると、いつの間にか自分の頭の中から聞こえるようになります。

「もう40代だよ」

でも、それは本当にあなたの言葉でしょうか。

哲学者ミシェル・フーコーは、社会の中にある考え方が、人間の自己認識を作ることについて考えました。

わたしたちは、完全に自由に自分を見ているわけではありません。

社会の物差しを借りて、自分を測っています。

だから時々、その物差しを疑った方がいい。

40代は遅い。

誰にとって?

若くないと指名されない。

すべてのお客様がそう言った?

問い直してみる。

それだけで、少し違う景色が見えることがあります。

 

若い子に勝つ必要はない

40代セラピストは若い子に勝てない。

もし「若さ」という競技なら、その通りです。

20歳より若くなることはできません。

でも、人生には若さ以外の競技があります。

安心感。

会話。

落ち着き。

相手を待つこと。

言葉にしなくても察すること。

自分の機嫌を自分で整えること。

こういうものは、年齢とともに身につく場合があります。

もちろん、40代になれば自動的に手に入るわけではありません。

ただ、40年間生きた人には、40年間の材料があります。

その材料を使うかどうかです。

若い人を見て落ち込む時間があるなら、自分がこれまで生きてきた時間を少し振り返ってみてもいい。

失敗したこと。

泣いたこと。

恥ずかしかったこと。

人に助けられたこと。

そういう経験は、履歴書には書けません。

でも、人と接する時の言葉や表情や間に、少しずつ出ます。

人間の魅力は、プロフィール欄に書けるものだけではありません。

 

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まとめ──年齢は「減った若さ」ではなく「過ごした時間」

40代セラピストが若いセラピストを見て、不安になることがあります。

自分はもう若くない。

選ばれないかもしれない。

この仕事を続けられないかもしれない。

そんな気持ちになる日もあるでしょう。

でも、40代という年齢を「若さが減った状態」とだけ考える必要はありません。

40代とは、40年近い時間を過ごした人です。

働いた。

人を好きになった。

傷ついた。

失敗した。

誰かを許した。

自分を許せなかった日もあった。

そういう時間があります。

若さには若さの価値があります。

そして、過ごした時間には、過ごした時間の価値があります。

どちらが上という話ではありません。

そもそも、同じ競技ではないのです。

だから、若いセラピストを見て「勝てない」と思った時は、一度考えてみてください。

私は、何の勝負をしているのだろう。

もしかすると、最初から勝つ必要などなかったのかもしれません。

20歳には20歳の時間があります。

40代には40代の時間があります。

お客様が会いに来るのは、年齢という数字だけではありません。

その人が過ごしてきた時間を含めた「その人」に会いに来る。

年齢を重ねるということは、若さを失い続けることではありません。

自分にしか持てない時間が、少しずつ増えていくことでもあるのです。

 

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